僕の逆援体験談

皆さんは、逆援と聞いて何を思い浮かべますか?
これから、逆援の渦に巻き込まれた、1人の男の話をします。
彼は、何年かの間その世界に身を置いていました。
これは、嘘のような本当の話です。
それでは、お聞きください。

痛む体を引きずり、僕は街をさまよっていました。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
悲しいはずなのに、不思議と涙は出ませんでした。

僕の家は、母と僕の二人暮らし。
貧しいけれどこれといった問題もなく、無事に僕は大きくなりました。
母は、僕の将来のためとスナックを開き、毎日一生懸命働いてくれました。
懸命に働く母の姿を見て、男たちは母のファンになっていったようでした。
1人で過ごす夜も、いつの間にか慣れていきました。
母は頑張っている。
僕は、心の底から母に感謝をし、毎日過ごしていました。

そんなある朝、僕は部屋から出て、居間へ移動をしようとしていました。
少し縦長の家に住んでいましたので、居間へ行くには母の部屋を通らなければいけません。
僕は、母を起こさないよう、そっと部屋を通り抜けようとしました。
そんな僕の目に飛び込んできたのは、母と、母の隣に寝る、知らない男でした。
僕は一瞬何がなんだか分からなくなりました。
それでも、母を起こさないようにということだけは忘れず、そのまま、母の部屋を通り過ぎました。
しばらく放心状態で居間にいると、母とその男が、居間に現れました。
「おはよう、○○。
話があるの」
僕はぼんやりと、ああ、こんな光景テレビで見たことがあったっけ?
などと考えていました。
本当に、テレビのような話でした。
新しいお父さん。
お母さんを好きになってくれた。
一緒に住む。
ぐるぐると、そんな言葉が僕の上を飛んでいました。

僕は、僕が母の幸せを邪魔するわけにはいかないと誓いました。
男の前でも、母の前でも、ニコニコと聞き分けのいい子でいました。
3人家族になる。
それだけだ。
これでいいのかもしれない。
そう、自分に言い聞かせていました。
そして、あの日がやってきます。

ガタン!!!
大きな音が、家に響きました。
僕は思わず、飛び起きました。
なにやら、怒鳴り声のようなものが聞こえます。
店から帰ってきた母たちが、言い争いをしているようでした。
いや、一方的に男が怒っているだけのようです。
気立ての良い母に、色目をつかったと言い、酒に酔った男は怒鳴り声を上げました。
母が殴られたら、どうしよう。
僕は、飛び出していこうかと、隣の部屋の様子を伺いました。
ダン!
大きな音で僕の扉が開き、鬼の形相をした男が、僕を見下ろしていました。
僕は、男の暴力のはけ口に、選ばれたのです。
僕が男で良かった。
体に受ける衝撃に意識が薄くなりながら、そう思っていました。
僕は男だから、強い。
殴られるのがお母さんじゃなくて良かった。
徐々に意識は遠のき、僕は眠るように、倒れていきました。

あの夜から、男は昼間、僕と顔を合わせなくなりました。
その代わり夜が来るたび僕の部屋を訪れては、僕の意識が消えるまで、僕を殴り、蹴り続けました。
僕がいれば、母は安全だ。
そう思うことで、僕は僕を保ち続けました。
男は僕を一通り殴り終えると、すぐに母との寝室へ戻っていったようです。
何度か僕は、聞いたことのないような母の声で、目を覚ましました。
女として叫ぶ母。
ああ、お母さん。
きっとあなたは今。
僕は未経験でしたが、母はきっと、男の腕の中で声を上げているのでしょう。
僕はいつしか、その声を聞きながらも、眠ることができるようになっていきました。
男と女は、そういうものなのだろう。
僕は、僕と男と母、全てを冷ややかに見るようになっていました。

ある日、またいつものように、男は僕の部屋へやってきました。
いつものように僕を打ち続ける男。
そんな男の肩越しに、母が見えました。
お母さん!
声にこそ出しませんでしたが、母は僕の心の声が聞こえたのか、僕の方を見ました。
ぞくりと、冷たい感覚が背を這ったのを覚えています。
母は、僕を見て、いや、きっと、何も見てはいなかったのでしょう。
僕の視線は、母に無視をされました。
母も男も、壊れていました。
そして僕も、壊れました。
それからは毎日、同じ日が続きました。
昨日も今日も明日も明後日も。
僕は殴られ意識を失い、母は快楽に声を上げ、男は欲望のままに生きました。
いつの日だったでしょう。
僕は気付くと、身一つのまま、携帯電話だけを握りしめ、外へと飛び出していました。

行くあてなどあったのだろうか?
いいえ。
そんなものは、僕にはありませんでした。
ただ、外に出たかった。
本当に壊れてしまう前に、逃げ出したかった。
きっと、それが僕に残された最後の力だったのでしょう。
僕は家から遠く離れた公園のベンチの上で、これまでになく安心した眠りを得ることができました。

次の日の朝日はまぶしく、なによりも輝いて見えました。
これからどうするのか。
そんな不安よりも、自由を得た喜びに僕は満たされていました。
ですが次第に、公園の水でお腹を満たすのには限界を感じてきました。
携帯の電池も長くはもたず切れてしまうでしょう。
最後に僕は、とある掲示板を訪れました。
誰かが、助けてくれるかもしれない。
どうなってもいい。
家に帰るのだけは嫌だ。
僕は、思いをつづりました。
そんな僕に、救いの手が差し伸べられました。

ほどなくして、彼女は僕の前に現れました。
「あなたが、○○ね」
彼女はそういって、微笑みました。
僕を助けてくれる人だからなのか?
いいえ、それだけではありません。
彼女は、とても美しい女性でした。
長い黒髪と赤い口紅。
同じ赤でも、母の赤とは違う色。
彼女は僕に向かい、手を伸ばしました。
その手は、ぽんと、僕の頭の上に置かれました。
手のひらからじんわりと、人の優しさを感じました。
僕はここで、幾年ぶりかも分かりませんが、声を押し殺し、泣きました。